コスモスポーツ(マツダ)とは・・・その2
コスモスポーツは、実用化に際しては課題がありました。
それは"悪魔の爪痕"と呼ばれたおにぎり型ローターの動き方でした。
高速で回転するローターは、「アペックスシール」という角の部分で八ウジングの壁面を傷つけてしまう難点があったのです。
だからといって壁面に柔らかい素材を用いると、エンジンの耐久性が低くなってしまいます。
材質探しは難航を極めました。
そんな折、日本カーボンが新幹線に使う新しいカーボン素材を開発したというニュースが飛び込んできます。
そして両社の共同開発で技術応用した結果、その難点を克服したロータリーエンジンが完成しました。
そして昭和42年5月、いよいよロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツが発売されたのです。
その後、昭和59年に東洋工業は社名をマツダ株式会社に改称するが、これはブランド名からとったものであり、吸収や合併によるものではありません。
いまでもマツダが独自路線を貫いていけるのは、ロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツが、東洋工業のアイデンティティをアピールする大役を果たしたからなのです。