革命 その10
たとえば、ヒューレット・パッカードが日本のRAMはアメリカ製より欠点が少ないと言ったのがきっかけになって、アメリカの企業は品質向上運動に努め、間もなくその差を埋めてしまいました。
アメリカ企業が発明し、ほとんど忘れられていた技術であるCMOSに日本の企業が参入してきた時、アメリカの会社はこの技術で日本を凌こうという意欲をかきたてられ、1983年の半ばにはほとんど差がないところまでこぎつけたのです。
日本の企業がアメリカの業界を標的として共同プロジェクトを組むと、アメリカの企業は独自で、あるいは国防総省の超高速集積回路(VHSIC)計画の一環として共同研究開発プロジェクトに着手しました。
しかし、もしアメリカがこれから先も、今すでにその地歩を確立している会社に依存しなければならないとしたら、アメリカの半導体産業の長期的な展望は、お偉方の主張するようにいぜんとして暗いものでしょう。