横浜と日刊新聞・その2
「日本新聞史」には、
「創刊当時の紙幅はタプロイド型2ページ四号活字両面摺りにて、
第一面には外人商館の広告、第二面には英字新聞より抄訳せる外国報道、
貿易物価、在港船舶等を掲載している。
内容きわめて貧弱ではあるが、横浜の地方紙としての特色がある。
日刊の地方紙としては己むを得なかったのであろう」
とあり、そしてなんといってもこの新聞の特色は
わが国最初の日刊紙であり、
鉛の活字を用いた一枚摺りの新聞であったということでした。
群馬県下の旧家から発見されたという創刊号に
「此新聞紙の儀は商社の便利を第一と致候」
とあり、横浜毎日新聞は経済情報を本命として編集されていたようです。
明治十二年変種局を東京へ移して、
「東京横浜毎日新聞」に、さらに「毎日新聞」「東京毎日新聞」と
紙名を改めて発行されましたが、
昭和十六年、太平洋戦争ぼっ発の年に廃刊になっています。